電話営業(第3話)
学生時代、どのクラスにも1人は存在していたと思う。
人が良くて、騙されやすく、いじめられても何も言えない。
大きく分類すると、これから登場する人物は以下の3パターンに分けられる。
1.気が弱くて断れない人
2.直ぐに人を信じてしまう人
3.本当にガメツイ人
そして、受話器の向こうにいる知らない相手は、こう応える。
''えっ、私はどうしたら良いんですか?''
僕になりすました班長は、息を荒げて質問する。
班長:
◯◯さん‼︎ ただですね!
当社の抑えたトウモロコシの枠の中でも、当社のお客様の注文が殺到していてですね!
どれだけ◯◯さんの分が抑えられるかは、注文を入れてみないとわからないんですよ。
先日お話した通り、一口(先物取引では、正しくは1枚と表現)8万円になりますが、30口分(240万円)確保してもいいですか?
※口数はB顧客の想定予算により、前後するが、最低104万円(当時は13口)
・・・・・・・…。
◯◯さん、わかりました。
それでは、注文を入れてみないと買えるか買えないか分かりませんけど、結果がでましたら、直ぐにご連絡させていただきますので、しばらくお席の方でお待ちください。
''ご注文ありがとうございました!''
B顧客がA顧客に変わった瞬間である。
そして、班長は事務所の上座に座っている直属の上司である課長に報告をする。
班長:落ちました。
課長:よし、何枚だ!
班長:30枚です。
課長:泉、よくやった。
といって、ホワイトボードの僕の名前の横に大きく数字が書かれる。
泉 30枚 240万
そして、班長はA顧客の職場の住所を調べ時間を計算する。
“2時間かかるな”
そう言うと、班長はA顧客に再度電話をかけて、こう告げる。
班長:
○○さん、おめでとうございます。
本当に難しかったのですが、○○さんの希望通り、30口抑えることができました。
とりあえず、お電話だけ済ませられる内容ではございませんので、今から準備をして私、○○さんの下にお伺いさせていただきまので、本日は何時にお仕事終わりますか?
19時ですね。
大丈夫です、正直なところ他のお客様もお邪魔させていただかないといけないのですが、19時には○○さんの下に伺えるように調整しますのでご安心ください。
では、よろしくお願いいたします。
失礼いたします。
A顧客となった受話器の向こう側の○○さんは、終始やり取りの相手を僕、泉と思いこんでいる。
そして、班長と同行でA顧客の下に向かうのである。
もちろん、他に訪問するお客などいない。
''プッシュ"は話しのストーリー性(つじつま)を合わせるよう、朝一から行われる為、A顧客の仕事の終わり時間に合わせて身支度から資料の準備から十分に時間をかけて行えることが多い。
主な資料は新聞のコピーであり、その都度タイムリーな話題を持参する。
また、名簿に記載されている卒業生の勤務地など同一県(府)内では無いこと、地方の学校へのランダムに電話していることなどから、営業エリアは中国地方、四国、関西、中部ととても幅広く、A顧客との待ち合わせ時間によっては、急遽宿泊を余儀なくされることもある。
それでも、その売上が自分達の給料に直結するものだから、喜んで契約に出向くのである。
実際に待ち合わせの場所にいる初めて出会うA顧客達は、見るからに''人の良い''人達ばかりであった。
班長に同行でついていってるだけの僕は、契約を締結するスキルもなく、全てが班長任せである。
班長:
○○さんですか?
はじめまして、○○商事の岡田(仮名)です。そして、こちらがお電話させていただきました“泉”です。
喫茶店に入るとコーヒーを3杯注文し、直ぐに商談にはいる。
班長:実は、今回の事の経緯をお話ししますと・・・
と、適当な新聞記事を見せながら、トウモロコシの値上りする理由を説明する。
その際、後でトラブルにならないように 「絶対に儲かる」という言葉は一切使わない。
そして、現在“いくらのトウモロコシが”、“幾らに値上がりすると”、“幾らの利益がでるか”を計算式を持って説明するのである。
決め台詞は、“これだけ利益が出たら○○さんは何に使われます?”だ!
このことばを聞くと、大抵のA顧客達は決まってニヤケルのである。
そして、必要書類の記入、押印が完了すると翌日の入金の約束をとるのである。
過去にA顧客の奥さんが間に入ってしまった等の理由により、入金されず解約に至ったケースもあるが、訪問し顔をみて説明すれば、初対面であっても殆どのA顧客はしっかりと入金してくる。
逆に言えば、そういう性格だから訳の分からない電話営業で落ちたのだろう。
理解するまで、1年かかった。
理解して思った。
こんな会社辞めよう。
しかし、僕が提出した辞表は受け取られることはなかった。
つづく