電話営業(最終話)
東京都新宿区
そこは、僕が卒業した専門学校がある街だ。
西武池袋線から山手線に乗り換えて、学生時代に通っていた街に再び戻ることになろうとは思ってもいなかった。
新宿支店は西新宿7丁目の雑居ビルの中にあり、初めて入る事務所の中は不思議なことに活気で溢れていた。
それは若いメンバーが大勢いたためでもあるが、後から考えると同じ会社なのに大阪と比べて自由な環境があったからかもしれない。
総勢約40名
それは、約30名の下っ端と8人の班長、2人の副長、2人の課長、そして部長と支店長で構成されていた。
社員にやる気を持たせる為の建前上だろう、下から、副主任、主任、係長、副長、課長、次長、部長、支店長と、多くの役職があり、自身の売上げに応じてランクが上がっていった。
副長以上になると、どいつもこいつも癖のある奴ばからりだ。
ちなみに、ある副長は前職がヤクザだったようで、ある課長はその副長の兄貴分らしく、もう一人の課長は部長からよく殴られており、部長よりも年上であったが、気が弱く、ただ言われるがまま、時間の経過と共に課長になってしまったような、この世界では珍しいタイプだ。
そして部長は、噂では単身木刀を持って、その筋の事務所に乗り込んだという逸話があるらしいが、どこまでが本当の話か誰もわからない。
ちなみに支店長は、援助交際をしていたようで、良く高校生らしい女の子が会社に電話をかけてきていた。
他にも変わった連中が多かったが、そんな連中でなければやっていくことができない業界であったのは間違いない。
ちなみに、新宿支店に転勤してきた僕の最初の上司になった男は、まだ21歳だった。
僕も若かったが、それよりも年下だ。
しかも、もう頭がハゲかけており、体もでかく、貫禄も十分で、ぱっと見は30代後半だった。
確かにこの風貌ならば、“お客にナメられることはないな”と感じた。
新宿支店の特徴は、何もかも自分1人ですることだった。
それは、大阪支店のようにテレコールを班員が行い、プッシュを班長が行うものではなく。
自らテレコールをした相手をプッシュして落とし、そして自ら訪問して契約する。
当然、最初は班長についてきてもらうのだが、現場でもお客への説明は自分で行う。
正直、同じ会社なのにこうも違うものなのかと思ったものだ。
嘘をついてでも会社を辞めようとし、そして不本意で新宿支店に異動となり、違った環境の元でやりたくもない仕事をしていたが、時間が経つにつれて僕はコツをつかんできた。
残念なことに、これを表現する適切な言葉を持ち合わせていないが。
”不本意に僕の才能が開花した。”
それは、2年近くもの間、1日に150~200件電話し続けたからこそ手に入れることができたのかもしれない。
電話している時、話し合い手との間(間隔)、声の振動から感じる真意、次に相手が応える言葉、そして今、受話器の向こう側にいる相手の背丈体型までがイメージできるまでになったのだ。
そして、イメージできた相手はプッシュで必ず落ちた。
実際に訪問して顔を合わせるとイメージ通りの人物であった。
訪問前は、道中必ず相手との会話の流れをシミュレーションしていった。
これを言ったら相手はなんて応えるだろう。
相手がこういってきたら、こんなふうに応えよう。
対極前のチェスや将棋のような感覚の中、名刺交換した瞬間から契約書に印鑑を押させるまでの流れを確実にイメージ通りこなすことができるようになっていた。
20代前半、僕の年収は550万円を超えた。
給料は手取りで23万円位だったが、新規売上に対して2%の”新規賞”という手当がもらえた。
四半期に一度、更に3ヶ月分の売上の2%が賞与としてもらえた。
多い時など、ひと月分の給料がまるまる貯金できた。
業界では、月に1件の新規顧客が取れれば優秀な営業マンと言われていたが、僕は年間28件の新規顧客を捕まえた。
小さい金額もあったが、売上的には6,000万~7,000万円を電話一本で持ってきたことになる。
全国で約80名いる社内の営業マンで売上実績3位になった。
なぜ、3位かというと1件で1億円とか、2件で7,000万円とかいう実績があったからだ。
これらの数値が、たまたま取引が発生した顧客で〝誰かに実績をつけなければいけなかった” 為に、実力とは関係なくつけられた実績である。
なので件数で比べた場合、僕の実績は過去に類を見ないものとなった。
そして、社内でも実績を買われ次の班長として僕の名前が出始めたという噂が流れた。
当然のことだろうとは思いながら、大阪から新宿に異動になった時間を振り返った。
ちょうど一年になろうとしていた。
そして、僕は2回目の辞表を提出することを決めた。
その時の班長は、僕と同じ同級生で〝いつ辞める?”と話し合っていた間柄な為、班長は問題なく通過した。
そして、今度クリアしなければならなにのは課長だ。
この課長は、僕らの班を取りまとめる立場にあり、ヤクザの副長の兄貴分で、いつも独特の臭いのする葉巻を銜え、気に入らないことがあれば直ぐに胸ぐらをつかんで威嚇してくる奴だ。
しかし、僕はこの男が今日は死ぬ気で新規を出せ!
という要望にことごとく応えてきた自信はあったし、貸しはあっても借りのない立場だと自ら認識していた。
なので辞める話しをした時も、「俺お前がいっぱい新規持ってきてくれたから助かったよ」と言ってきたくらいだ。
新宿に来て1年で僕は自分が変わったと自覚していた。
社内の癖のある連中でさえ、途中から僕には敬意を払っているのを感じていたし、数字で勝ち負けの決まる世界でダントツの成績を残していたのだから当たり前だと思っていた。
だから、今回は〝退職することに” 自信があった。
次のステージは、部長に殴られていた課長だ。その課長は1年の時を得て次長になっていた。
その次長は、僕を辞めさせない為に人情作戦を結構し、焼き肉をおごってくれた。
しかし、焼き肉代では僕の決心を崩すことはできなかった。
残りは後2人。
部長と支店長である。
実質、新宿支店を影で仕切っていたのは部長であり一番の大ボスで難関でもあった。
しかし、ここで嬉しい誤算が起きた。
なにを血迷ったのか、支店長自らが部長の前に僕の引き留めに入ったのである。
援助交際野郎なんかに僕の決心は止められないと、既に僕は勝利を確信した。
支店長は、飴と鞭を使い分け僕の説得に入った。
そこは、事務所から少し離れた喫茶店である。
のらりくらりと支店長の話を聞く僕に、熱心に話をしてきてるようだが、全く聞く耳を持たないでいた。
僕はタイミングを探していた。
そして、ふとした拍子に僕は支店長の言葉の揚げ足をとり、支店長を言葉を止めた。
それが気に食わなかったのか、鞭を使ってまくし立てながら説教をする支店長に向かって、僕は更に揚げ足をとった言葉をかぶせる。
途中で言葉を遮られ、揚げ足を取って向かってくる僕に対し、抑えられなくなってきた怒りが顔に滲むのを僕は見逃さなかった。
そして、こころの中で思った
〝僕みたいな下っ端から言い返されたことなんかないだろう。小さなプライドを突っつけば直ぐに感情を振り乱すことしかできない奴、それがお前だ!”
その時、自分でも全ては計算通りでカッコいいと思った。
作戦通りのタイミングを狙って辞表を提示する。
怒りが滲み出た顔から、今さら飴のように甘い言葉は出せない。
〝これは受け取ろう、お前などもう知らない〝
とても嬉しいことばを聞き、二人は無言のまま事務所に戻った。
もう、辞表は受け取られている。
さっきも話したが、これは嬉しい誤算であった。
なぜなら、この後に出てくる大ボスには戦わずして勝てるのだから。
喫茶店から戻り席に着いた僕は、もうテレコールはしなかった。
そして、10分程して大ボスが僕に声をかけた。
”泉、ちょっといいか”
ミーティングルームに2人で入り、対面に座る大ボスはマジで怖かった。
無防備なら間違いなくやられていただろう
一つだけ感じたことがある、大ボスは支店長が僕を説得する前に、本当は先に僕を説得したかったはずだ。ただ、支店長の「僕を説得できるという根拠の無い自信」で、大ボスに俺が説得するから大丈夫だよ!と言いながらこのざまなことに、怒りを抱いていたのは間違いない。
”辞めるのか”
と大ボスの口から漏れる。
″はい。以前部長が自分の夢の為に人生をかけることは大切だと言っていた言葉を僕は覚えています。僕がかける人生はここではなく、他に目指したい夢だあるので退職します。”
当時、森君がSMAPを脱退した年でり、朝礼で大ボスが語っていた言葉をそのまま引用した。
もちろん、まだ夢などなになかった。
”そうか、わかった”
それが、大ボスから出た最後の言葉だった。
2年半、ヤクザな商売に入りやっとの思いで抜けることができた。
そして、僕は次のステップに進みます。
おわり
お付合い頂いてありがとうございます。
【先物取引】
それは、商品の値動きに自らの資金を「投機」するもの。
そして、「投機」とは元本以上の損失が発生する取引でもある。
「ペーパー取引」と言わることもあり、一定量の商品を “枚(まい)” 呼ばれる単位の「証拠金」で表している。
いわゆる紙切れ(証書)で多額のお金を動かすことからそのように言われるのだろう。
簡単に仕組みを詳細すると、例えば。
・金(ゴールド) 1g当り 4,000円
※日経新聞等に前日の取引価格が載ってます。
・取引単位は 1㎏(1,000g) なので、実際に購入すると 400万円かかります。
※ 「4,000円 × 1,000g = 400万円」
・先物取引では、66,000円(1枚)を出資すれば、400万円分の金を購入できます。
・仮に、金の価格が、4,100円になったとしたら、手持ちの金が410万円分の価値になります。
※ 「4,100円 × 1,000g = 410万円」
ここで取引を終了(決済)すると、
410万円 - 400万円 + 6.6万円(証拠金) = 16.6万円が手元に戻ることになる。
※一部手数料が引かれます。
逆に、3,900円に下がれば、10万円の損失が発生する為、更に-3.4万円となる。
簡単にいってしまえば、こんなイメージである。
皆さん、投機はやめた方がいいですよ。